猫を飼っている方なら一度は耳にしたことがあるかもしれない「猫伝染性腹膜炎(FIP)」。これまでは「うつらない病気」と考えられてきましたが、いま、その常識を覆す事態が起きています。最新の研究論文から、犬のコロナウイルスと混ざり合って誕生した新型ウイルスの流行について、詳しく紐解いていきましょう。

猫伝染性腹膜炎(FIP)とは?これまでの常識
まず基礎知識として、FIPについておさらいします。FIPは、多くの猫が持っている「猫コロナウイルス」が体内で突然変異を起こし、凶暴化することで発症する病気です。発症すると致死率が非常に高く、猫の飼い主にとっては最も恐れられている病気の一つです。
これまでのFIPは、一頭の猫の体内でウイルスが変異するもので、猫から猫へ「FIPそのもの」が直接感染して流行することはないと考えられてきました。
キプロス島で起きた「異変」と新型ウイルスの出現
しかし、2023年に地中海のキプロス島で、これまでの常識では説明できない大規模なFIPの流行が発生しました。わずか数ヶ月の間に、島中の猫たちが次々とFIPを発症したのです。
研究チームがこの原因を調査したところ、驚くべき事実が判明しました。流行の原因は、猫のコロナウイルスと「犬のコロナウイルス」の一部が組み合わさった、全く新しい「組換えウイルス(FCoV-23)」だったのです。
なぜ新型ウイルスはこれほど危険なのか
この新型ウイルス「FCoV-23」には、従来のウイルスとは異なる恐ろしい特徴がいくつかあります。
- 強力な感染力 通常、FIPは個体の中で生まれるものですが、この新型は「FIPを引き起こす能力を持ったまま」次から次へと他の猫に感染していきます。つまり、集団感染(アウトブレイク)を引き起こす力を持っているのです。
- 犬のパーツを取り込んでいる このウイルスは、スパイクタンパク質(細胞に侵入するための鍵のような部分)の重要な場所を、犬のコロナウイルスから譲り受けています。これによって、猫の体内でより効率よく増殖し、重い症状を引き起こしやすくなっていると考えられています。
- 急速な拡大 キプロス島から始まったこの流行は、すでにイギリスなどの他国へも持ち込まれた形跡が見つかっています。飛行機や人の移動とともに、世界中に広がるリスクを秘めています。
私たちの愛猫を守るためにできること
このような新型ウイルスのニュースを聞くと不安になりますが、研究では希望も見えています。
この流行に対し、人間用の新型コロナウイルス治療薬としても知られる「レムデシビル」や「モルヌピラビル」などが使用され、多くの猫が回復に向かったという報告があります。
飼い主として大切なのは、以下の3点です。
- 多頭飼い環境や猫が集まる場所での衛生管理を徹底する
- 元気がない、お腹が膨れてきた(腹水)などの異変があれば、すぐに動物病院を受診する
- ウイルスは進化するという事実を知り、常に最新の情報を得ること
猫の医学は日々進歩しています。新型ウイルスの脅威はありますが、正しく恐れ、適切に対処することで、愛猫の命を守る手立ては確実に増えています。
この研究結果を発表したのは?
この驚くべき発見を報告したのは、イギリスやキプロスの専門家を中心とした国際的な共同研究チームです。
研究の主な著者
- Charalampos Attipa(エディンバラ大学 / キプロス農村開発環境省)
- Amanda S. Warr(エディンバラ大学 ロスリン研究所)
- Christine Tait-Burkard(エディンバラ大学 ロスリン研究所 / 責任著者)
発表した機関
主にイギリスのエディンバラ大学(ロスリン研究所)が中心となり、以下の機関と協力して研究が行われました。
- エディンバラ大学 王立獣医学校(Royal (Dick) School of Veterinary Studies)
- キプロス政府 獣医局(Veterinary Services, Ministry of Agriculture, Rural Development and Environment)
- ケンブリッジ大学
- その他、イギリスおよびキプロスの複数の動物病院や診断研究所
掲載誌
この論文は、世界で最も権威のある学術雑誌の一つである『Nature(ネイチャー)』に掲載されました(2025年7月公開)。世界中の科学者が注目するトップレベルの研究成果です。
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